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<注意>

 このページは、1997年12月に新サビエル記念聖堂が完成することを記念して行われた様々なイベントと同時に制作された記念ページです。

 月日は流れ、新聖堂は、すでに街の風景にも市民の心にも溶け込んでいますが、ページタイトルの「クリスマスの発祥は山口」という歴史的な話を広く伝えるとともに、新聖堂落成前の盛り上がりを忘れないようにという思いを込めて、掲載を継続しております。

 文章はできるだけ過去形に修正しておりますが、一部現在の状況に合わない部分がありますことをあらかじめ明記しておきます。

festa'97 サビエル記念聖堂


ご存じでしたか?

山口が日本のクリスマス発祥の地だということを



山口の司祭館で日本初のクリスマス
宣教師トルレスが信徒を招き、夜を徹してデウスを賛美する

1552[天文21]

 12月9日・・・周防◆西暦では12月24日のこの日、山口の宣教師コメス・デ・トルレスらが、司祭館に日本人信徒を招いてクリスマスの祝を催した。
 修道士のジョアン・フェルナンデスがデウス(神)の話を人々に聞かせ、疲れてくるとローマ字のわかる日本人信徒の少年が、かわりに朗読した。2人が話をやめると、日本人信徒たちはもっと創造主の話をしてほしいと催促した。一同は夜を徹してデウスを賛美し、翌朝、ふたたびミサと説教を聞いたのち、全員に食事がふるまわれた。
 トルレスらにとっては来日して以来4回目のクリスマスだったが、この日はじめて日本人信徒とともに祝うことができた。これには、先にインドに戻ったフランシスコ・ザビエルが派遣し8月にインドから豊後の大友宗麟(良鎮、23)のもとに到着していた宣教師パルタザール・カーゴも列席した。トルレスは、最初の教会堂となる大道寺創建の許可を8月28日に大内義長から得ていたが、落成は3年後のことで、この日のクリスマスは仮住まいの司祭館で行われた。
 こののち、カーゴらは京都に向かうが、山口は1556年毛利元就によって兵火にかかるまでの5年間、キリスト教布教の本拠となる。

クロニック[戦国全史](講談社)より

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 山口がクリスマス発祥の地だということは、歴史的事実であるにもかかわらず、山口に住む人ですらその事を知る人は少ない。

 残念ながら6年前に消失してしまったサビエル記念聖堂に変わって、1998年4月、新サビエル記念聖堂が近代的スタイルで落成します。

 この新サビエル記念聖堂落成プレイベントを開催するとともに、このページを通じて、すばらしいクリスマスの始まりと山口の魅力が少しでも皆様に伝わればと考えています。



[企画]山口商工会議所青年部   
Presented by FMY